ひぐらしは何処でないているか

アニメ「ひぐらしのなく頃に解」の皆殺し篇「終末」を見た。
放送が諸事情により延期されていたものだ。
こんなアニメやゲームの影響で人を殺したりしないって。
皆殺し篇の「対決」見たとき、僕はなんだかわかったような気がした。
頑迷な村の掟(運命)を若僧が口先だけで打開する。
ところが、彼の口上は、ひいきめに見ても説得力に欠けていた。
こんな口上で納得したとしたら、それは彼の口先の力ではなく、
村人の心の広さを示すものだ。
村の人々は、ちっとも頑迷じゃない!
つまり、陰惨な運命とは、彼が自ら活躍する場を作り出すための
妄想にすぎないのだ。
運命を行動により打開して、事件が解決して、日常に戻ってしまうと、
彼の活躍の場がなくなってしまう。
それはまずいので、悲惨な運命は、何回も繰り返されるのだ。
軍人たちが戦争を求める気分に似ていよう。
案の定、「終末」では、活躍の末、結局運命はあと1歩のところで
陰惨な結末を迎える。
だが、彼にとっては、リセットして再び自分の活躍の場面が
巡ってくる、グッドエンディングなのだ。