いくつかの註

(1)『まぼろし令嬢』についての付加
金三角のモチーフが出てくる。とじこめられている者が、以前そこにいた者が書き残したものを読むサスペンス。
江戸川乱歩の作品にも出てきた。この頃の少年向け探偵小説にルブランが与えた影響は大きいのだろう。


(2)『怪獣男爵』についての付加
横溝や高木の作品は現在でも書店などで入手できるものが多い。
でも、そのままの形では刊行していないんじゃないか、と思っている。(確かめてない)
目次にも「きちがい」とか「薮睨み」「せむし」など、ごく普通に頻出している。
文章で例をあげると、たとえば、こんな感じ。


「気味の悪い人だねえ。一寸法師だなんて、僕いやだなア」
「片輪のことをそんなにいうもんじゃないよ。あれで親切な人かも知れないからね」
口ではたしなめたものの史郎君、心の中では太ア坊としごく同感だった。


本書では、おどろおどろしいストーリーに、変にギャグが入っていて不気味さをさらにひきたてている。
気違い病院の院長の名前が「木常昏々」
全国に何百という支店をもつ大銀行の名が「一六銀行」で、その支配人が「金野銀一」


なお、この本でさし絵を描いているのは、伊藤幾久造。戦前からの名挿絵画家だが、リアルタイムで伊藤幾久造のさし絵のついた本を読んでいたんだなあ、と感慨深かった。


(3)『恐怖の仮面』についての付加
久米元一作品に出てくる悪の組織といえば、「黒い輪」(ブラックサークル)だ。
本書ではこう記述されている。


「黒い輪といえば、あの恐るべき秘密結社の・・・」
「そうです。全国にアミの目のように手をのばした秘密団体です。団長は何者か、だれもほんとうの顔を見たものがありません。団員でさえ知らないのです。それは団長が、たくみな仮面をもちいているからです。この仮面は恐怖の仮面とよばれ、何か精巧なゴム質のもので作られていると見えて、自由に表情をかえることができるのです」


本書では、「黒い輪」は埼玉の山奥にまむし御殿というかくれ家をもっている。
団長は蛇村五六名探偵。最後は滝つぼに落ちる。


『Z光線の秘密』収録の「ブルドッグ少年」では、こう書いてある。


団長は拳銃男爵といって、世界でも一、二といわれるほどのピストルの名手なんだ。団員たちは、みんなこの黒い輪のいれずみをしていることを、ほこりにおもっているんだ。


黒い輪にも団長交替があったようだ。


(4)『双面の舞姫』についての付加
次のような恐ろしいシーンが出てくる。


「獣め!小娘のくせに美しい顔をしているが、見い!やがて、このへんへポツポツと、そちのからだへも出てくるのだ!ヒッヒッヒッヒヒヒヒヒヒ」
なんのことかと目をみはっている美和子の肩をたたいて、
「まだわからぬか、バカめが、ヒッヒッヒッヒヒヒヒヒヒ」
と男は、いよいよ上きげんでした。
「わしのからだから病菌をとって、そちの血管の中へ、刺してくれたのだ!これでまちがいなくそちも発病する、ここからそちも絶対に逃げ出すことができなくなったのだ!」


「まちがいなく癩病です。癩病癩病・・・もっともあくしつの癩病ですな。そのじぶんの病菌を殿さまという男は、お嬢さんに注射したのです」


おそろしい注射というと、江戸川乱歩の『魔法人形』に登場する「人を人形にしてしまう注射」が思い出されるが、これもインパクト大だ。
目次の中に出てくる「大楓子油」は癩病の薬。
今では癩病は不治ではないのだが、当時はこんな風だったのだ。この本も、そのままの形で現代に児童向け小説として刊行されるとは思えない。もともと、拉致してきた少女を裸にして無理矢理絵のモデルにしちゃうエロチックなシーンもある話なのだ。


(5)『黄金の指紋』についての付加
怪獣男爵は、よく猛犬と闘っては、口から真っ二つに引き裂いて殺している。
『怪獣男爵』でも『大迷宮』でも『黄金の指紋』でも同じようなシーンが再現されている。
『怪獣男爵』では「仔牛ほどもあろうかと思われる狼犬」が「なんと狼犬は口からまっ二つに引き裂かれているのであった」
小学生読者を震えあがらせるにはじゅうぶんすぎる。
『青髪鬼』にも「猛犬と怪盗」という見出しがあるが、これは犬のネロが白蝋仮面に襲いかかって、あわや白蝋仮面の化けの皮を剥ぐところだったのである。犬殺しは怪獣男爵の専売特許なのだ。

もうひとつ、本書にはのちのちまで夢にうなされたこわいシーンがある。
怪獣男爵が、義足の倉田とやぶにらみの恩田の裏切りで、警察の急襲を受ける。
恩田は怪獣男爵をうしろからピストルで撃つが、それがはずれる。


そのねらいがはずれたのが、恩田にとっては運のつきでした。
小夜子をすてて、くるりとうしろをふりかえった怪獣男爵は、ひとめ恩田の顔を見ると、
「うおう!」
と、ものすごい叫びをあげてとびつきました。
「わっ、た、たすけて」
恩田はかなしそうな叫びをあげてもがきましたが、しかし、ひとたび怪獣男爵につかまっては、ワシにつかまった子スズメも同じこと。
たちまちピストルはたたきおとされ、ずるずるとドアのほうへひかれていきます。
「あっ、助けて、、、たすけて、、、」

恩田はその後、首ねっこをへし折られた死体となって発見される。
何がこわいといって、必死で逃げようとしている恩田をずるずるひきずって逃がさない怪獣男爵のさし絵つきなのだ。

(6)『三面怪奇塔』についての付加
柴田錬三郎の少年向け小説に出てくる名探偵は「東京紳士」
本書ではこんなふうに紹介される。


青年紳士の大きくすんだ両眼が、きらりとひかりました。
この紳士こそ「東京紳士」と呼ばれるすばらしい冒険家でした。年じゅう、どこかを旅行していて、行くさきざきで、とうてい解決できそうもない怪事件を、あざやかにかたづけてみせ、ときには魔術師のような命がけのはなれわざまでやってのけて、世間をあッといわせる痛快な人物でした。


東京紳士は名前の雰囲気からもわかるように、スマートでオールマイティな名探偵なのだ。
そのオールマイティぶりを本書から2つご紹介。

じつにみごとな変装ぶりでした。われらの東京紳士は、自分の弟子であるアツ子にさえも、変装を見破らせなかったのです。(せむしに変装してた)


東京紳士は「エリーゼのために」をひきはじめました。名探偵は、ピアニストになってもはずかしくないほど、すばらしい名手でした。


『スパイ13号』では東京紳士をこう紹介している。

名探偵であり、科学者であり、探検家であり、世界中を旅行している熱血漢であった。


なお、この『スパイ13号』ではわるものの名が「赤色同盟軍」だというのが時代を感じさせる。
『怪盗紳士』では、東京紳士は、自ら「そうそう、私は、東京紳士というおかしな名前の男なのです」なんて言ってるけど、地の文ではこんなふうに。


盗賊にして名探偵!善良な市民たちの力強い味方!現代の英雄「日本ルパン」東京紳士!


やはりルブランの影響は大きい!


(7)巻末の広告についての付加
本シリーズは、当初は全18巻で企画されたが、最終的には全26巻になった。ラインナップが途中で変わったのか、結局寒川光太郎の『深夜の冒険』は刊行されなかった。
また、全26巻になってからの巻末広告では、第11巻の『死神博士』が、『死神屋敷』と誤記されつづけた。

なお、寒川光太郎は1939年に『密猟者』で芥川賞をとった作家で、偕成社の冒険探偵シリーズでは、『深夜の冒険』が刊行されているらしい。
その内容説明は次のとおり。
「死の寸前の少女を救わんと単身スリ団の巣窟に乗り込んで行く快少年、二人の運命は?息詰まる冒険小説」だそうだ。(未読)