じょなめけ=からくりを小児に勧め促すの俗言なり

hozan2007-07-04

『モーニング』30号で新連載の「じょなめけ」by嘉納悠天を読んだ。
蔦屋重三郎のマンガのようだ。
1回目は、『細見嗚呼御江戸』刊行までの話で、福内鬼外に序文をもらうくだりを描いている。
福内鬼外は平賀源内のことで、作中には「神霊矢口渡」や「物類品隲」、放屁に土用の丑の日まで、源内に関する事柄がちりばめられている。
で、蔦屋重三郎は源内がエレキテルのギヤマンを執筆の条件に出したことから、
「あんたが本気でやりたいのは学問だ。ところがいつも別の事ばかり取り沙汰され、あげく学者としては信用されなくなってしまった。
真剣にやっても笑われる。ならばいっそ、フニャチン野郎になってひっそりと一生を終えようと。
けど、先生、取引にギヤマンを持ち出すあたり、本当はまだ立ちてぇんじゃねぇのかい?」
と、『痿陰隠逸伝』にひっかけて源内の心情を読むのだ。
ここは『痿陰隠逸伝自叙』の「其の起えて而して施る所無からんよりは、如かず痿の愈るに」というくだりからだが、作者は『日本の名著』から「なまじ立つよりはむしろなえたほうがよほど心安まる道」と引用している。
蔦屋はガラス吹きの職人を紹介して、源内にハッパをかけ、結果として序文を書いてもらうことになる。
このマンガで描かれる源内は、弱気で臆病で引っ込み思案で負け犬だ。従来の源内像からは遠く離れているが、作品が面白ければ、それでいい。で、肝心の作品自体が面白かったのかというと、う〜ん、次号を読んでみないと判断できないなあ。